わたしの行きつけの丸数ストアは、コンビニと似た品ぞろえだが、コンビニよりも一回り小さい。
入ってすぐのところにあるレジの後ろに、壁の一部と化したほど大きな嵐のポスターが貼られていた。
わたしは嵐の、みんなで一体となっている姿が好きだ。


だけど、このポスターは、5人とも、カメラ目線を意識せずに、どこかの芝生広場で思い思いのポーズを取っている。レアなポスターだ。

 

「こんにちは、カズさん」
レジに立つカズじいに声をかけた。
70歳代後半の年齢なのだが、じいさんと言おうものなら、すごく怒られる。

 

「休みの日にデートもしないで、ここしか来るところないのか」

嵐のポスターを見てるだけで楽しい休日だと、言うつもりもなかった。

「きのうの夜、ばっちりデートでした」
わたしは強がってうそをついた。

「デートする、って顔かよ。もっと、その何、エステとか何とか通え」

 

わたしとカズじいは、こんなことが言える仲なのだ。

学生時代に失恋して、大泣きをしたのもこの店だった。
閉店間際の7時前にかけ込んだとき、客は誰もいなかった。

 「これ、食え」

カズじいがそう言って、袋入りの激辛ポテトチップをくれた。
わたしはその場で袋を開け、やけくそで大量のポテトチップを口に放り込み、ひどくむせた。

 カズじいは、奥の自宅へ走り、コップに水を満たして持ってきてくれた。
水を飲んでも辛さが去らなくて、辛い、辛いとさわいでいるうちに、失恋した心の痛みが少しやわらいだのだった。

 

口が悪いし、失恋したうら若き乙女に激辛ポテトチップをくれるような意地悪なカズじいだが、不器用な優しさがあることは、わかっている。

 

丸数ストアは老人客が多く、亡くなったり施設に入ったりで客足が減っていた。

「わたしが来なくなれば、この店、売り上げが減って大変でしょ」

「何言ってんだ、買っていくのはボールペン一本とか、一つが20円とか30円の駄菓子だろうが。来なくなったって、平気だよ」

 

わたしは今日も、一つ20円のチョコと、エビの味がする10円のせんべいが1枚入った袋を持ち、レジに向かうところだった。

「だけど、1週間に3回は来てるんだから、売り上げのたしになってるでしょ」

仕事が終わって帰宅途中、閉店ギリギリに駆け込むことが多い。

 

「小学生だったのが、いつの間にか社会人になって、ちゃんとかせぐようになったんだ、成長したな」

カズじいは、珍しくしみじみした口調で言った。

 

「品数、減ってきてるよ。最近仕入さぼってるでしょ」

「実は、今月一杯で店をやめるんだ。閉店セールはしないで、ひっそりやめる。困る奴、いないだろ。近所にコンビニもあるしさ」

 

「そんなー」
わたしはそう言ったきり、言葉にならなかった。

 

「もう十分楽しくこの店をやってきたからな、満足だよ。
そうそう、レジの後ろのポスター、やるよ。この店に来る目的は、これだろ。
俺の息子がアイドルの写真撮って、ポスターにしてるんだ。
これは商業目的じゃなくて、内緒のポスター。
客寄せにって飾ったんだけど、このポスター目当てに来る客は一人だけだからな」

 

カズじいは踏み台に上り、ポスターを外して渡してくれた。わたしは涙が流れてきた。

「うれし泣きか。だったらよかったよ。さ、もう帰りな」

 

カズじいはわたしが手にした駄菓子を精算して、渡してくれた。
わたしが泣きそうになったのは、この店がなくなるからなのに。

 

2ヶ月が過ぎ、丸数ストアの跡はさら地になり、新しい家が建とうとしている。

 

わたしの部屋の壁に、カズじいがくれた嵐のポスターが、貼られている。夜、眠るときおやすみと言うのが日課だ。ポスターから、おやすみと返事がかえってくる。
その声は、もう会うことのないカズじいのだみ声だ。
その声を聞くと、明日も元気で仕事ができそうだった。

作 むね 沙樹 編集とイラスト ばさまむーちょ

#嵐のポスター

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激辛チップス イラスト