「ホタルが見られるんだって、ほら、うちの近所の山を少し入ったところの川」
夕飯が終わる頃、母が言った。
「まさか、しょぼい川だよ。誰が言ってたの」
「さあ、誰だったかな。忘れた」母はケロッとして言う。
この人の言うことはたまに、当てにならないことがあるんだけど。
夜中、ぼくは目が覚めて、それからなかなか寝付けなかった。ふと、母が夕飯のとき話したホタルのことが気になり、確かめてみたくなった。
着替えをして外に出た。山といっても、小高い丘くらいの高さだ。子供のとき探偵ごっこをして以来、ほとんど行かなかった。
ふもとに着くと、子供の頃と変わらず木々がしげっている。奥へと通じる小道はぼくの記憶通りに、すぐに見つかった。
小道に生える草を踏むと青臭さが拡がる。懐中電灯で足元を照らして進んだ。子供の頃、探偵ごっこをしていたときの、ワクワクした気持ちがよみがえってくる。
せせらぎの音がそばでして、川がみつかった。思ったより川幅がせまく、水の量も少ない。子供が足首までつかって遊ぶには、ぴったりの川だ。
あたりを見回しても、ホタルは飛んでいない。母は別の川と聞き間違えたんだ、きっと。
月の光がゆるく落ちてきている。せっかく来たのだから、もう少し奥に行ってみよう。
いつの間にか、たくさん歩いていた。
急に視界がひろがり、強い光を地面に感じた。
近づくと、黄緑色の蛍光色を放っている。これがホタル?
ぼくがそばに来ても逃げないから、ホタルではない。地を這うように光っていた。
かがんでじっくり見ると、それらはキノコだった。まるでステージから見た、観客席のペンライトのようだ。
ぼくはエアーギターを弾き、学生の頃バンド活動をしたときのように、思い切り歌った。そのころの、体の底から生きてるという感覚がよみがえってきた。
ぼくが体を揺すると、キノコたちも左右にリズムを取って揺れた。
働き始めてから、ギターを弾くこともなくなっていった。バンド仲間だった奴らと時々仕事が終わってから酒を飲み、またバンド活動をしたいと言い合う。スタジオを借りるのにも、金がかかる。互いの時間の都合を合わせるのも、難しかった。そうこうしているうちに、バンド熱が冷めかかっていたのだ。
あいつらを誘ってここに来よう。ボーカルの彼女も、きっと感動して澄んだ声が出るだろう。この明るいキノコのライトのそばで、思う存分楽器を弾き、歌いあう。あいつらもきっと、浮き立つ気持ちを思い出すはずだ。
夜はただ暗いだけじゃない。
明かりは自分でも灯せる。キノコも光を放って応援してくれる。
ぼくたちは、輝ける。周りに光を放とう。
世の中が笑顔であふれるように。
即興で詩が思い浮かび、思うままにメロディーをつけて歌った。
キノコたちの輝きが増し、柄が長く伸びて拍手の音が響いた。
作 ねむ沙樹 編集とイラスト ばさまむーちょ
#可愛いキノコ
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