これまでのあなたと、正反対の自分に出会えます。

 

雑居ビルの窓ガラスに貼紙が見えた。
大通りから一筋入った、人通りがそれほど多くない道路際に、そのビルはある。
初めて見たときは怪しそうに感じて、立ち入る気はなかった。

 

「口の中でモゴモゴ言ってないで、はっきりしゃべって。
あなた、いつも何言ってるかわからないよ」

わたしは職場の同僚から、しょっちゅう注意を受ける。
仕事で同僚の足を引っ張るようなことはしていない。
声が小さいのも物静かなのも生まれつきだ。

明るく楽しそうにしゃべれたらいいのに。

 

会社の帰りに貼紙を毎日見ているうちに、その部屋に行ってみたくなった。

ビルの一階の廊下のつきあたりに、その部屋はある。
チャイム押すと、すぐに中年女性が出てきた。

「いらっしゃい、さ、入って」
優しくゆったりした声で言われたが、わたしの足は前に出なかった。

「大丈夫よ。勇気を持って一歩踏み出したんでしょ。
ドアは開けておくから、嫌になればすぐ帰っていいのよ」

 

女性はドアを10センチほど開けたままにして、わたしを迎え入れてくれた。
ドアは閉められなかった。
わたしは女性と向かい合わせに座り、明るく元気にしゃべる人間になりたいと話した。

 

「見た目はあなたそっくりで、あなたのなりたい性格を持った人形を送ります。
理想の自分を間近で見て、近づくように頑張るの。
料金は10万円。試して、気に入らなければ、一ヶ月以内に人形を返してくれればいい。
リサイクル品だから、2万円キャッシュバックするわ。
じっくり考えて返事してくれてもいいのよ」

 

勤め始めて5年がたった。少しは貯金もあり、払えない金額ではない。
ぐずぐず迷う性格だから、すぐに決めなければ断ってしまうだろう。
わたしは申し込むことにした。身体測定をされて、その日は帰った。

 

それから一週間後、宅配便で送られてきた人形と、わたしは対面した。
身長も、顔つき、肉付きもわたしと同じだ。
よろしくの意味を込めて人形の手を握る。
人形は強く握り返してきてしゃべりだした。

 

「新しいボールペンの試作品、使いたい人は手を挙げてって言われたけど、
勇気がなくて挙げられなかった。
字が下手だけど、毎日日記つけてるんだから、手を挙げればよかったよ。
自分の引っ込み思案には、あきれるよ。ほんと、馬鹿だよね」

「会社のトイレの洗面台で、ボーっとして口紅落として、
白い台に色をつけちゃった。嫌になるよー」

 

人形は、わたしの日常を知りつくしている。
声が大きくて楽し気に話しているのに、内容が愚痴っぽい。

 

「うるさい、黙れ」わたしは、たまりかねて言った。


人形は話をしなくなったが、鼻歌を小気味よく歌い続ける。
わたしは鼻歌なんて嫌いなのに。

 

わたしが仕事から帰ると、人形はテンポよく明るい声で、
わたしがしでかしたパッとしないことを、
うんざりするほど愚痴っぽく話して陽気に歌った。
地味でさえない毎日を思い知らされる。
そんな日々が半月続いた。

 

「今日先輩の席のうしろを通りかかったとき、先輩は自分の肩を軽く叩いていました。
わたしは思いきって、揉みましょうか、と話しかけました。
先輩はお願いするわ、と言ってくれました。
先輩が気持ち良さそうにしていて、うれしくなりました」

 

人形が寝静まったとき、わたしは、理想とする自分を思い描いて声に出した。
普段は物静かでも、いざというときには明るく、はっきりとしゃべれる人。
少しでもそんなわたしに近づきたい。

この人形は、返そう。

 

横になった人形の顔つきは、おだやかで優しそうだった。
わたしはそっと頬に触れて撫でた。

さようなら。わたしのようで、わたしでないワタシ。

作 ねむ沙樹 編集とイラス
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