家から歩いて10分くらいのところにある、地元民にしか知られていないビーチに、高校生のいとこに誘われて行った。

わたしといとこ以外、誰もいなかった。

 

背泳ぎをしているわたしの横を大きな魚が通り過ぎた。

びっくりした。海水浴場で大きな魚なんて見たことはない。

魚は沖へ遠ざかったと思うとこちらに向かってきたが、姿を見失ってしまった。

 

いとこが物凄いスピードで、わたしのほうへ泳いでくる。

「大きな魚がいたよね。一緒に泳ごうと思ったけど、あっという間に見えなくなった」

いとこは水泳部の選手なのに、ぜんぜん追い付かなかったらしい。

 

わたしたちは「あいつ何だったんだろう」と言いながら砂浜に上がり、ビーチボールをふくらませてから海で打ちあいをした。

波は穏やかで、ボールが波にさらわれても流されなかった。

 

向こうに落ちたボールがはねた。そのボールはわたしのいる場所に、飛んできた。

「何かいるね」

 

わたしたちは、その何かがいそうな場所に、ボールを投げてみた。すると、わたしといとこに、順番にボールを返してくるのだ。わたしといとこは目くばせをして、その場所へ泳いだ。

 

それは海面から顔を出し、「ばれちゃったね」、と、可愛らしい声で言った。目も唇も円みを帯びて、愛嬌のある表情をしている。

 

やばい。これが噂のアマビエ??? ついに見つけた???

 

「ここへ来る人たちがおぼれないように。体が冷えて病気にならないように。見守ってるよ」

丸い顔をしたそのコが言った。

 

「パトロールご苦労様」

いとこが、アマビエに手を振った

 

わたしといとこは、ボールを打ちあった。

アマビエは、高くジャンプしてボールをはじいた。

半魚人みたいな手のスナップが効いて、勢いのあるボールがかえってくる。時間を忘れて遊んだ。

 

「まずい。もう少しすると、海が荒れるよ」

アマビエが言った。

「こんなに晴れてるのに、あり得ないよ」

わたしはこのあたりに散歩をしによく来るから、天気が悪くなる兆候がわかる。

「だめだめ。早く戻って」

 

アマビエにせかされて砂浜にあがったとたん、波が急に高くなり、黒い雲が流れてきた。
雨が降りそうになったので、雨宿りさせてあげようと、わたしはアマビエを背負った。
もちもちと弾力があるお腹が背中に当たって気持ちいい。
冷たい雨に追い立てられているのに、アマビエのお腹の柔らかさのおかげで、安心できた。
わたしたちは松林の下に避難した。

 

アマビエは下を向いて、しょんぼりしている。

「あなたたちと遊んではしゃぎすぎちゃったから、危険を察知するのが遅れたね」

「大丈夫だよ。間に合ったじゃない。

わたしたちも楽しませてもらってうれしかったよ」

わたしは去年の冬、バイトが大変で、息抜きをすることも忘れて、病気になったことを思い出した。

アマビエが病気になったら、わたしたちも困るよ。

 

いとこがアマビエの手を取り、「ありがとう」と言った。

「誰だって完璧じゃないよ。自分の仕事を懸命にやってくれたら、それだけでみんな助かるんだよ」

 

アマビエは少しずつ頭を上げた。

「あなたたちと会えてうれしかった。これからも見守っているね」

 

海はまだ少し荒れているが、アマビエは海に戻った。

海の上で何度も宙返りして周囲を見渡しながら、沖へ去って行った。
アマビエ
作 ねむ沙樹 編集とイラスト ばさまむーちょ

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